「ミズキ、学校は愉しいか」
「ん…愉しいは愉しいけど…」
「けど、なんだ」

現在時間。

御池さまの膝の上に乗せられ、私の体を優し気に撫でる其のくすぐったさに悶えながら私はこの一年の間にあった学校の事や家の事を御池様に話した。

「友だちがね…其の…どんどん大人になってしまって…」
「大人になって?」
「其の…えぇっと…」

御池様に何と云えばいいのか言葉に詰まる。

そんな私のモジモジした様子で勘付いたのか御池様は事も無げに「あぁ、セックスをしたという事か」と云った。

「! な、なななっ」
「ん、違ったか?今はそうは云わぬのか」
「や…ち、違ってはいない…けど、なんで御池様がそんな言葉知っているの」
「俺だって其れ位は知っておる。なにせ人間として生きていた時代があるのだからな。人の世界との繋がりがある故、其の時代時代の情報ぐらい知っている」
「………は」

(今、なんて)

御池様の口から出た言葉にきょとんとする。

「あぁ、まだこの話をするにはミズキは幼いと思っていたから話さなんだが、実は俺は産まれてから二十歳前後くらいまで人間として村で暮らしていた事があったのだ」
「えっ!ど、どういう事?!」
「この池に神として住まう事が出来るのは主の御池様ただひとりだ。先代の御池様、つまり俺の父が生きている間はこの池には父が住まい、人間である母と産まれたばかりの俺は母の実家である野宮の家で暮らしていたのだ」
「えっ、御池様のお母さんって…野宮の人だったの?」
「なんだ、最初に話したではないか。池の神は野宮の血筋の女子からしか産まれぬと」
「あ…」

(そういえばそんな事を…)

「今から何代前の娘だったか…三朗の曾祖母の…姉妹の片割れだったか…よく覚えてはおらぬが兎に角俺は母と野宮の家で人間として暮らしていた」
「…御池様が人間として」

嘘みたいな話に茫然とする。

「父が御池様としての寿命を全うし池の主の座が空いた時に選択を迫れる。このまま人間として生きるか御池様になるのかという」
「選択…」
「そういう理なのだ。この池の主から産まれるという事は。そういった境遇で産まれる者だけが迫られる選択だ」
「御池様はどうして御池様を選んだの?人間として生きられる道だってあったんでしょ?」
「まぁな。ただ俺は選択の時、このままこの池を枯らす事は出来ないと思った──ただ其れだけの事だ」
「枯れる?池が?」
「あぁ。池の主がいなくなるという事は池が穢れ枯渇する事を意味する。即ち今までこの池によって生き永らえて来たこの森に住まう生き物たちは命を落とすという事になる」
「…」
「人間にとっては毒でしかないこの池の水は小動物や植物、蛇に化身した元人間たちなど森の住民にとっては命を潤す池でもあるのだ」
「…」

(池の水を呑んだら蛇になるっていうの、本当の事だって今サラッと流した!)

少しだけゾッとしたけれど、語る御池様の顔が今まで見た事のない様な寂し気なものに見えて思わず御池様の着物の合わせをギュッと握った。

「──怖いか?この話」
「…少し、だけ。でも…御池様の事、知りたかったから…」
「…」

私がそう云うと御池様の表情は寂し気なものから少し明るく和らいだものになった。

「お祖父ちゃんの…曾祖母って事は…御池様、すごく永く生きているんだね」
「あぁ、百年以上は疾うに過ぎているな。もうよく解らないが」
「…」
「御池様になると決めた瞬間、俺の人間としての生は失われた。時も止まった。歳を取る事はなかったが──だが身体的老化だけは止める事は出来ぬ」
「完全な神様じゃないから?」
「そうだ。所詮人間の血が混じった雑種だからな。人間よりは遥かに長生きだが神としては全くお話にならないレベルの寿命だ」
「…」
「此処数年、なんとなく解って来ていた。俺の寿命もそろそろ尽きる時かと」
「!」
「そんな時におまえが俺の前に現れた。御池様として生きて来た俺は子を成す事もなくこのままひとり誰にも知られる事なく朽ち果てるのかと思っていた時に」
「…」
「おまえだけが見つけてくれたのだ。そして呑んでくれた──この池の水を」
「…」
「…ミズキ、何故泣いておる」
「…え」

御池様に云われて初めて私は泣いている事に気が付いた。

ポロポロと玉の様な涙が頬を伝って流れた。

「泣くな」
「…はい」

だけど涙は止まる事無く流れた。

御池様の心にほんの少し触れて、其の気持ちが何故かワッと私の体中を駆け巡った。

語られた話だけじゃない。

其れ以外の御池様の気持ちや感情が私の中に流れ込んで来たのだ。

(これって…池の水のせい?)

御池様其のものだといった池の水を呑んでいた私は御池様に支配されている様なものだった。

(だからこんなに気持ちが…)

そう何となく納得してしまった私だった。


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