ある条件を満たすと決まって見る夢があった。 

尤もどんな夢を見たのかは起きたと同時に忘れてしまうのだけれど…

見た夢を忘れるという現象は決まってある人の名前を聞いた日の夜に限るのだ。

其れに気が付いたのはほんの数年前。

建築家である父が自分で設計した家を建て、完成した其処に引っ越しをした日からだと記憶する。


「愛生」

「…」

ゆさゆさと揺さぶられる感覚に深く沈み込んだ意識が浮上する。

うっすら開いた目に映るのは少し不機嫌そうな母の顔。

「愛生、いくら日曜日だからといってお昼間近まで寝ているのはどうかと思うわよ」
「…お昼?」
「あと15分ほどでね」
「…」

(そんなに寝ていたのか)

ゆっくりと体を起こしうーんと上体を伸ばす。

締めきっていたカーテンを母が開けると薄暗かった部屋の中が一気に明るくなった。

「眩しい」
「ほら、顔を洗って朝ご飯兼昼ご飯を食べちゃいなさい」
「…はぁい」

其れだけ云うと母はゆっくりと部屋から出て行った。

(お母さん、大変そう)

大きなお腹を抱えながらも家族の為に家事をこなし、厭な顔ひとつしないでいつも幸せそうに育児をこなす母を素直に凄いと尊敬する。


其の一方で

「朝恵、この間頼まれていた書類書いておいた」
「あぁ、ありがとうございます夜宵さん。しかし今時は配布物に名前や写真を載せる時にいちいち許可がいるんですね」
「まぁ個人情報流出に敏感になっている人もいるだろうからな」

「…」

食事を摂っているわたしの視界に入るリビングで、父と母が他愛のない話をしている。

そんな両親を時々不快に思う時がある。

(どうしてただ話しをするだけでベタベタと引っ付いているのかしら)


小学生高学年になってようやくうちの両親は他の子の両親とは少し違うんじゃないかと思う様になった。

結婚して十年以上経つというのにこんなに毎日ベタベタしている夫婦っているのかなと思う。

「おっ、今動いただろう。外からでも解った」
「えぇ。今日は朝からよく動いて…少し痛いくらいです」
「大丈夫か?少し横になれ」
「大丈夫ですよ──あっ」

(また始まった)

いつもの如く父は自分の太ももを枕にして母を横に寝かせた。

「腹の子も大事だが俺が一番大事なのは朝恵だからな」
「もう…夜宵さんったら」

そうしてあっという間にふたりの世界に入り込んでしまった。

(本当子どもが目の前にいても容赦ないんだから)

いくら見慣れた光景とはいえ時々うんざりする時がある。

「ねぇ、眞生と紗生、其れに李生と志生は?」

ふたりの世界に穴を開けようと疑問に思っていた事を投げ掛ける。

「朝から高岡さんが来て遊園地に連れてってくれているの」
「…高岡さん」

其の名前を聞いた瞬間、ドキッとした。

(あ…また今夜夢に見る、かな)

「愛生も連れて行くって何度も起こしたんだけどおまえ、全然起きなくて。土産買って来るって云ってたぞ」
「…ふぅん」

道理で家の中が静かだと思った。


我が家は他の家よりも子どもが多い。

わたしを含めて五人。

年子の三人姉妹と双子の弟。

其れにまたひとり近い内に生まれようとしている。

高学年になってから妹弟が多い事を男子からからかわれる事があって、其れがわたしの両親が恥ずかしいと思う気持ちに拍車をかけていた。

『子どもが多い事はちっとも恥ずかしい事じゃないよ』

食べ終わった食器を片付けながら頭の中に響いたのは高岡さんの言葉だった。

『其れだけお父さんとお母さんは愛し合っているって証拠なんだから。其れはとっても幸せな事なんだよ』

高岡さんが投げ掛けてくれる言葉はいつもわたしを救ってくれる。

父の同僚で仲がいい友人という事でわたしが生まれた時から頻繁に我が家に出入りしている少し変わった人。

とてもカッコよくて子煩悩の癖に未だに独身だなんて変だなと思う事もあるけれど…

(結婚しちゃったらこういう付き合いってなくなるのかしら)

そう思うと少しだけ胸が痛くなった。

自分に子どもがいないから、其の代わりにわたしたちを可愛がってくれているのだと解っているから余計に其れがなくなってしまうのが寂しいなと思った。

(そんな気持ちからわたしは何かの夢を見てしまうのかしら?)

高岡さんの名前を聞いて、高岡さんに想いを馳せると決まって其の夜は何かの夢を見る。

だけど其れがどんな内容で誰が出て来て何をしているのかは全く覚えていない。

とても不思議な夢。

ただ以前一度だけ高岡さんにそんな話をした時に云われた言葉があった。

『今はまだ何も解らないよ。愛生ちゃんがもう少し大きくなって年頃になった時にきっとどんな夢を見ているのか解る日が来るから』

にこやかな笑顔でそう云われた言葉が私の心の中に深く刻み込まれていた。


(年頃になった頃って──其れっていつなのかしら)


高岡さんがどんな意味を込めてそんな事を云ったのか──?


其の言葉の意味が解る日がいつ来るのだろうかと思いながら、未だにイチャコラしている両親を厭きれながらも幸せな気持ちで見つめたわたしだった。






op150
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