いきなり聞こえた低くドスの利いた声にゾクッと背筋が粟立った。 

(な、なんだ…急に)

其処に立っていたのは恐ろしく背の高い全身真っ黒なスーツに身を包んだ男だった。

「おかえり、眷蔵」
「お父さんお帰りなさい」

「は?お、お父…さん?」

黒幸母娘の台詞からこの黒い男がこの家の主だと解った。

「お父さん云うな。ってか誰だよ、こいつ」
「真羽の彼氏よ」

黒幸母の勘違い発言に黒幸父はギロッとおれを睨んだ。

其の視線だけで射殺せそうな無言の威圧に慌てて反論した。

「ち、違う!彼氏じゃない。ただの同級生だっ」
「そうそう、まだ彼氏じゃないんだよね~」
「はぁ?!まだとか云ってんじゃねぇ!」

母親に次いで黒幸も勘違い発言をしている。

「へぇ、まだ彼氏じゃない同級生のナニくんか」
「あ、い、今瀬です。別に黒幸とは何でもありませんから」
「何でも…ねぇ」
「…」

先刻から感じている押し潰されそうな空気感。

(なんだよ…滅茶苦茶息苦しい)

黒幸父が現れた途端其の場の雰囲気が変わった気がした。

「ちょっと眷蔵、威嚇してるんじゃないわよ」
「痛っ!」

黒幸母が黒幸父の頭をグーでボカッと殴った。

(ゲッ!黒幸母、最強)

黒幸父の恐ろしい程に禍々しいオーラが一瞬で消え失せた。

「ごめんなさいね、今瀬くん。この人基本いい人なんだけれど娘の事になると悪い気を処構わず放っちゃって」
「…はぁ」
「でも別に取って喰いはしないから安心して」
「…」

この何処からどう見ても黒い人を『いい人』とか云って退けるこの黒幸母こそがこの家の主かと認識したおれだった。

「で?本当何なの、このちょっと厭な匂いのする小僧は」

黒幸父はおれの隣の席に着き、徐に食事を始めた。

(厭な匂いって…なんだよ)

「ふふっ、今瀬くんはわたしの仲間よ。まさかこんな身近にいたとは思わなかったけれど」

黒幸母は黒幸父にご飯をよそって何事もなく話を続けた。

「今瀬くん、お姉さんの事が好きで、でもお姉さんには婚約者がいて、其の婚約者とは幸せになれないから反対しているんだって」
「ブッ!」

黒幸が黒幸父にぶっちゃけ過ぎな事情説明をするから思わず飲んでいた味噌汁を噴き出した。

「おい、汚ねぇな!ってか清子の作った味噌汁を粗末にするな!」
「す、すみませんっ」

何故か黒幸父に怒鳴られ、でも親切におしぼりを手渡されて恐縮するやら戸惑うやら色々動揺してしまった。

「まぁまぁ。大丈夫?今瀬くん」
「はい…す、すみません」

零した場所を拭き取ってくれて、お椀には新しく味噌汁が追加されていた。

混乱する頭を抱えている間にも黒幸は自分の父母におれの事情を伝えていた。

(くそ…本当なにやってんだ、おれは)

この数時間の間に何故おれの隠しておきたかった悩みを全然知らない他人にぶち撒かれているのか訳が解らなかった。

「はぁん…そういう事か。道理で厭な匂いがプンプンしていると思った」
「お父さん、天使の匂い嫌いだもんね」
「あら、じゃあわたしの匂いも嫌いって訳なの?」
「お母さんは別なんでしょう?だからわたしがいる訳だし」
「子どもが生意気云うんじゃねぇ。ってか──」

先刻程から繰り広げられている黒幸親子の会話は最早おれにはチンプンカンプンだった。

ただ黙って食事を摂りながら其のまま他人事のように訊いているしかなかった。

「おい、おまえ──今瀬、何くん」
「…十輝です」
「とき──おまえの悩みをこの俺様が解決してやる」
「え」
「こう見えても俺は偉い検事なんでな。善悪を裁く事に関してはお茶の子さいさいだぜ」
「お父さん、此処に検事は関係ないと思う」
「勢いづいて云っているだけだ。いちいち突っ込むな、真羽」
「はぁい」

「…」

(今、悩みを解決するって云ったか?)

何故こんな会って数分しか経っていない他人におれが長年抱えて来た悩みを解決されなければいけないんだと思った。

(検察官って云っていたけど…そういうの関係ないよな)

若干訝しんで黒幸父を凝視すると

「──あぁ、思い出した。おまえあれだ、あいつ……【神の正義】だな」
「…っ!」

訳の解らない言葉を放ちつつ、黒幸父の人さし指がいきなりおれの額をコツッと突いた。

其の瞬間、まるで薄い膜みたいな靄が掛かっていた頭の中がサ──ッとクリアになった気がした。

yoas150
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