「はぁ、本当参る」
「…でも…仕方がないですよね」
「は?」
「黒川さんって…ああいう人ですから」
「…やけに物分かりがいいんだな、朝恵」

秘書室を出た私たちは始業時間までの間、休憩スペースでコーヒーを飲んでいた。

「多分黒川さんはほんのちょっとした悪戯心でやったんだと思います」
「ほんのちょっとの悪戯にしては度が過ぎる。よりにもよってエステティシャンが実はサキュバスだとか──あり得ない」
「其れは…そうですけど」

でもちゃんとエステは施術してもらって気持ちよかったし無料だったし皆さん優しかったし…

(まぁ…恥ずかしい術はかけられちゃったけど…)

「──朝恵」
「は、はいっ」

私の顔を見つめていた夜宵さんの顔が少し赤らんだのが解った。

きっと私が考えている事を察したのだろう。

「ま…まぁ…ああいう朝恵も…新鮮だったけど…」
「…やっぱり私…もう少し頑張った方がいいですか」
「え」
「だって夜宵さん、私の知らない私に凄く満足しているみたいで…」
「そ、其れは本当、ただ新鮮だったという事のみの嬉しさで…他意はない」
「……」

いつも夜宵さんにベタベタに愛されるばかりの私。

受け身でいる私はもっと夜宵さんの為に積極的になった方がいいのだろうかと思った。

(凄く…すっごく恥ずかしいけれど…)

すると夜宵さんがフッと微笑みながら私の頭をポンポンと軽く叩いた。

「今の朝恵のままでいいよ」
「え」
「エステも通わなくていい。あんた今のままで充分綺麗だし、其れ以上綺麗になられたら…俺が困る」
「…」
「其れに───」

私の耳元に近づき、まるで内緒話をするかの様にこそっと夜宵さんは囁いた。

『セックスに関しては俺がきっちり調教しているから其の内否応なしに積極的になる』

「?!」

(な…なんて事を~~~っ!)

夜宵さんの言葉が私を大いに動揺させる。

だけど

「そ、そう…ですか」
「あぁ」
「徐々に…頑張ります」
「期待している」

恥ずかしかったけれど何故か素直に夜宵さんの言葉を受け入れられた私。


──こうしてエステの件はほんの少しの波乱を含んで無事事なきを得たのだった


そして結婚式まで何事もなく日々が過ぎて行くだろうと思っている私の知らない処で少しだけ波立つ事が起きていた。








「これ、本当に借りるの?」
「んだよ、いちいちタイトル確認するんじゃねぇよ」
「確認するわよ。図書委員だし、貸出作業するんだから」
「…はぁ、いいからサッサとしろ」
「はいはい」

本に貼られているバーコードをピッピッと読み込んで行き、カタカタとキーボードを打つ音が静かな室内に響いていた。

「はい。期限は二週間です」
「おう」

奪う様に借りた本を手にして図書室を出ようとした。

「ねぇ、誰を呪い殺したいの?」
「──あ?」

ちいさい癖にやけに通りのいい声が耳に届き、思わず反応してしまった。

すると声の主である図書委員がカウンターから出て来ながら続けた。

「君、誰かを呪い殺したいんでしょう?」
「…なんで」
「だってそんな本借りるなんてそうとしか考えられない」
「…」

図書委員が指さしているのはおれの手にある今借りたばかりの本。

真っ黒の革張りの装丁に金色の文字で【黒魔術の心得】と書かれている。

世の中にこんな本が存在していた事も、ましてや高校の図書室に置いてあるだなんて知らず、だけど思わず手に取ってしまって──

「わたし、4組の黒幸真羽」
「くろさき…まはね?」
「そう。君は1組の今瀬十輝くんだよね。みんながカッコいいって噂している万能イケメン」
「…なんだよ、其れ」

妙に馴れ馴れしい女子に厭気が差し、無視して帰ろうとした。

「教えてあげよっか」
「あ?」
「人を呪い殺す術」
「…」
「わたし、其の手の事には詳しいの」
「…」


なんだか妙な事に巻き込まれそうな予感がしたのだった。


yoas150
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