ごく短時間の逢引きだったけれど、夜宵さんから充分過ぎる愛情をもらって私は初めての接待に臨んだ。 


「あ、今瀬さん」
「高岡さん?!」

黒川さんから訊いていたお店の前まで行くと其処には高岡さんがいた。

「急にアシスタントを頼んじゃってごめんね?黒川さんから話、訊いたかな?」
「い、いえ…詳しい事は何も。ただ接待に行ってくれとだけ」
「はぁ、相変わらず伝達下手だな…実はいつもアシストしてくれる子が午後から急病で早退しちゃってさ。今回の接待の相手が其の…悪い言葉で云うと若い女の子が好きな人でね」
「…はぁ」
「あ、くれぐれも変な意味で好き、っていう人じゃないよ?陽気な関西人気質の人でお酒の席では若い女の子からお酌して欲しいって感じのノリの軽い人で」
「…はい」
「アシストの彼女の事が気に入っていたみたいなんだけどそういった事情で連れて来れなくて、其れで代打で今瀬さんを、という話になったんだよね」
「そうなんですか」

(若い女の子…)

高岡さんの説明を訊いて何となく納得した。

今年入社したばかりの新人に頼むにはちょっと酷な接待を入社二年目の辛うじて若い女の子の部類に入るだろう私にお鉢が回って来た──という事か。

「本当にごめんね、急な話で」
「いえ、其れはいいんですけれど…私、営業の事は何も解らなくて…」
「あぁ、其の辺の心配は要らないよ。契約成立の祝いの席だから。実際接待というよりも親睦会って言葉の方が当てはまっている気がするかな」
「そうなんですか」

其れを訊いて少しホッとした。

営業の接待って社運が掛かったような重要なものだという認識があったので、素人同然の私が何か粗相をして会社に多大な損害を与えたら大変な事になると危惧していたから。

「今瀬さんはただ関西人親父のしょーもないギャグに愛想笑いしてくれればいいから」
「愛想笑い、ですか」
「あ、勿論本気で面白かったら爆笑してくれて構わないけど」
「あはは、そうなんですね」

高岡さんの気さくな雰囲気と柔和な会話で緊張していた心が解れて行った。

(やっぱり素敵だな…高岡さん)

ほんの少し前までは憧れを抱いていた高岡さん。

優しくて爽やかで誰とでも気易く接する事の出来る彼に恋かどうかも解らない感情を持っていた。

でも

(夜宵さんを知ってからはもう…高岡さんに対してそういった気持ちはなくなったみたい)

こういった気持ちの切り替えの早さは現金なものかも知れない。

でも夜宵さんと付き合うと決めてから知った気持ちは、高岡さんに抱いていたものとは全くの別のものだったと気が付いた。


──本当の恋じゃなかった


(単に憧れていただけなんだ、私)

そう気持ちを割り切ると高岡さんに対して今までの様な挙動不審な想いは消え失せていたのだった。


RRRRRRRR

接待相手を店の前で待っていると高岡さんの携帯が鳴った。

「おっと、ちょっとごめんね」
「はい」

高岡さんは携帯を一瞥して少し表情を強張らせた。

「もしもし、社長?」

私から少し離れて出た電話に応える片岡さんの言葉に思わず(ん?)と気になってしまった。

「はぁ、はい…はい…其れは…是非とも帰らねばいけませんね」
「…」
「いえ、此方はどうともなります。また日時を改めてという形で一向にかまいませんので」
「…」
「はい、じゃあ其の様に──はい、では失礼します」

(…もしかして)

遠巻きに聞こえた断片的な会話に私はそんな予想を立てた。

通話を終え戻って来た高岡さんはバツが悪そうに私に向かい合った。

「今瀬さん、ごめんね。接待なくなった」

(やっぱり)

予想していた流れに心の奥底で少し安堵していた。

「なんか社長の娘さんが初めてハンバーグを作ったとか何とかで──あ、社長には小学5年生の娘さんがいてね、調理実習で作った料理を家でも作って社長の帰りを待っているって連絡があったみたいで」
「其れは帰らないといけませんね」
「ん…仕事熱心な社長もひとり娘には甘々だからね…仕方がないのか」
「ふふっ、いいお父さんなんですね」
「そうだね──という事で今夜の業務は終了した訳なんだけれど」

(よかった…思ったより早く帰れそう)

私は予定よりも早く夜宵さんの元に行ける事になりそうだと心が逸った。

だけれど

「まいったな…折角予約していたのに」
「…あ、お店ですか」

高岡さんが背後のお店を横目に少し残念そうにしていた。

「此処、中々予約が取れない店でね、河豚が美味しいって評判なんだよね」
「河豚…ですか」
「そう、食べた事ある?」
「いえ…ないです」
「ないんだ。じゃあ食べてみない?」
「え」
「折角の予約、無駄にするの勿体ないじゃない。どうせ会社の経費なんだし」
「でも…」
「薄~い河豚刺しの…あのダーッと一気にさらって食べるの、やりたくない?」
「…」
「ね?」
「…」
「今回を逃したら今度いつ食べられるか解らないよね」
「…」
「はぁ~勿体ない、勿体ない」
「…」

(~~~ごめんなさい!夜宵さんっ)


残念な事に今の私は河豚の誘惑に打ち勝つほどの強靭な精神力の持ち主じゃなかったみたいです──

yoas150
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