この世に生を受けて23年── 


(ふ…ふふっ…)

この度、生まれて初めて正真正銘の彼氏が出来ました!

(きゃぁぁぁ~か、彼氏、彼氏だって!)

ニヤける顔を手にした書類で隠しつつも心の中では盛大にクラッカーがパンパンと鳴っていた。

お互いの気持ちを確認し合った暮永さんと正式にお付き合いをする事になった日の午後。

朝にあった出来事を反芻しながら未だに火照る体を鎮めるために一生懸命気持ちの切り替えを計るけれど、初めての恋や彼氏といった存在はどうしても私を落ち着かせなくしていた。

(……でも)

浮かれ気分の中でもふと考えるのは暮永さんのインキュバスとしての肩書き。

悪魔と人間のハーフである彼の素性の事を考えるとほんの少しだけ不安を覚えた。

(結局…普通の人間とは違うって事なのかな)

違う──のだろう。

普通の人間は他人の寝ている部屋を自由に行き来したり出来ないし、夢と見せかけて相手にとって理想の異性の姿に変えてエッチな事なんて出来っこない。

(…今までに何人もの女の人にしたって…云ってたっけ)

不意に思い出された暮永さんの告白に少しムカッとした。

(~~~いやいやいや…其れは私と知り合う前の出来事なんだから)

過去の事なんだと何度も心に云い訊かせる。

(もうしないって云ってくれた)

これからは私だけだと云ってくれた言葉が素直に嬉しいと思った。

(…うん、大丈夫)

私に悪魔の事なんてなにひとつ解らない。

解らない事を悩んだって仕方がないのだ。

だから私はただ暮永さんのことを信じて、与えてくれる気持ちを素直に受け取ればいいのだと気持ちを新たにした。


「今瀬さん、内線2番」
「! あ、はい」

考え事をしていた頭に隣席の先輩社員の声が届いた。

(仕事中でしょ、しっかりしろ私っ)

「はい、今瀬です」

『秘書の黒川です』

「あ…」

今までほとんど皆無といってよかった秘書課の人との接触。

其れが今回暑気払いの飲み会の幹事を命じられてからほんの少しだけれど話す機会が増えていた。

『業務中にすみません。実は今瀬さんにお願いしたい事があって』

「お願いしたい事…ですか?」

黒川さんから突然お願いされた事というのが私にとっては畑違いな事じゃないかと思われる様な内容だった。




「接待?」
「…はい」

終業後、私は暮永さんと待ち合わせをしていた場所で頭を下げていた。

朝、別れ際に終業後一緒に夕食を食べに行こうという約束をしていた。

其れが私の都合でダメになったという事に対して暮永さんに頭を下げていたのだ。

「なんで事務の朝恵が営業の接待に行かなきゃならないんだ」
「其れは…私もよく解らないんですけれど秘書の黒川さんから直々にお願いされて…」
「…」
「どうしても私が必要だと…云われて」
「…ふぅん」

暮永さんは私の顔をジッと見つめながら何かを考えている様だった。

(嘘は云っていません、本当になんで私なんだろうって戸惑いばかりで)

そんな事を考えている私の心を暮永さんは読んだのか否か。

「あの…暮永さ」
「解った。仕事じゃ仕方がない」
「あ…はい」
「其れってどの位で終わるの」
「さぁ…接待なんて私、出た事がなくて…皆目見当が」
「じゃあ終わったら電話して。迎えに行くから」
「え、そんな…悪いです」
「悪くない。大事な彼女を迎えに行くのは当たり前」
「!」

(だ、大事な彼女って~~~っ!)

暮永さんのストレートな言葉に胸が高鳴って仕方がない。

「いい?連絡、ちゃんとしなよ」
「は、はい…します」

赤くなっているだろう顔を見られない様にやや俯き加減で応えると急に顎が上に持ち上がった。

「!」

掠める様に触れた温もりがあっという間になくなった。

(い、今…キス?!)

目にも止まらぬ早業の行為に恥ずかしがる間もなく茫然としていると

「夜宵」
「えっ」
「俺の事、ちゃんと名前で呼んで」
「!」

突然の要求に忘れていた動悸が蘇ってくる。

「俺、彼氏なんだから。彼氏の事は名前で呼ぶ」
「あ…そ、そう…です、ね」
「…」
「えぇっと…や…や、よ」
「…」
「や…よ…」
「…」

(はぅぅぅ~モーレツに恥ずかしいけれど見逃してくれる雰囲気じゃないよね?!)

暮永さんからジッと見つめられる視線に居た堪れなくなり私は意を決して口にする。

「…やよい…さん」
「さんは要らない」
「や、そ、其処は…どうか見逃してください!」
「…」
「ね?…夜宵、さん」
「……はぁ…仕方がない。じゃあしばらくは其れで赦してあげるよ」
「…はい」

仕方がなく妥協してあげた──という暮永…もとい、夜宵さんの頬が少し赤らんでいたのは見間違えじゃないと思いたい。


初めての彼氏。

初めての名前呼び。


夜宵さんと付き合う事で今まで知らなかった色んなときめきや動悸を覚えて行く。

其れは何処か気恥ずかしかったり戸惑ったりする気持ちを私に与えるけれど…

(でもやっぱり幸せだぁ)

この上なく幸福で甘酸っぱい気持ちに酔いしれてしまう私だった。

yoas150
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