Evil Dolce

* AriaLien Sub BLOG *

◆Evil Dolceは樹野花葉(キノハナハ)の過去の作品を更新しているブログです。
◆不思議要素のある恋愛物語をメインに綴っています。
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2018年02月

夜と朝のまにまに 66話



「う゛っ!うぅっ」 

突然込み上げて来た吐き気を止める事が出来ずに、私は其のまま盛大に吐き戻してしまった。

羞恥の水音が辺り一帯に響き渡る。


「はぁはぁ…っ」
「…」

治まらない吐き気で唸っている私をしばらく茫然と眺めていた高岡さんがやがて

「! 朝恵ちゃん、大丈夫?!」
「っ」

先刻までの虚ろな瞳に光が宿り、感情のこもった声色で私に声を掛けた。

「気持ち悪いのかい?全部吐いてしまうといい」
「…っ、た…かおか…さん」

(戻った…いつもの高岡さんに…)

苦しさで潤んだ視界が捉えたのは必死な形相で私を心配しながら背中をさすってくれる高岡さんだった。

(よかった…高岡さん…)


そんなホッとした安堵感が急速に私の意識を遠ざけて行った──

















「……ん」

徐々に体が浮上する感覚に囚われ、瞼に感じる仄かな明かりを確かめる様に其れを開いた。

「朝恵!」
「……」

最初に目に入ったのは大好きな愛おしい人の酷く強張った顔だった。

「朝恵、大丈夫か?」
「…や、よい…さん」
「…朝恵…朝恵」

夜宵さんは何度も私の名前を呼びながら掌を強く握った。

「…此処は…」
「…病院」
「え」

(病院…?なんで、どうして…)

「! 式、結婚式は?!」

思わず起き上がり視界が天井と夜宵さん以外のものを映した。

「…え」

其処には夜宵さんの他に母と十輝、そして白衣を着た父が立っていた。

「え…みんな、どうして…ってお父さん、なんで白衣なんか…」
「…」

黙っている父や無表情の母と十輝。

其の雰囲気が何か悪い事が起きてしまったのだと察した。

「あの…私、どうして…」
「朝恵、おまえ、自分がどうして此処にいるのか解るか」
「え」

やっと口を開いた父が酷く落ち着いた声色で私に尋ねた。

(どうして此処にって…)

確か私は控室で式の支度をしていて、其処に高岡さんがやって来て…

「……」

(高岡さんと…其れから…もうひとり…?)

「朝恵に祝いの言葉を掛けようと控室を訪れた高岡と黒川さんが倒れていた朝恵を発見したんだ」
「…」

(高岡さんと…黒川さん、が?)


そう…だっけ…?


「全くもう、あなたって子は…!どうして気が付かなかったの」
「え」

無表情に私の顔を眺めていた母が徐々に怒っているとも笑っているとも取れる表情で私に駆け寄った。

「本当…だからあなたは昔から抜けているって云うの!自分の体の事なのに…どうしてちゃんとしないの」
「…」

母が何を云っているのか全然解らなくてただユサユサと抱き揺すられているままになっていた。

「お母さん、あまり揺すってはダメだよ。まだ不安要素はあるから」
「あっ、ご、ごめんなさい!わたしったらつい…」

父に窘められた母が私から離れて行く。

「…あの、先刻から一体何を」
「子どもがいる」
「───え」

夜宵さんが私の手をずっと握っていた事に気が付いた。

と同時に夜宵さんから訊かされた言葉に私は一瞬周りの時が止まったかのように感じられた。

「朝恵のお腹に俺の子がいるんだ」
「……」
「妊娠二ヶ月目に入っている」
「……」
「もう、普通解るでしょう?!生理が止まって…おかしいなと思わなかったの?」
「……」


夜宵さんや父、母は次々と声を掛けてくれるけれど、私の耳には薄い膜みたいなのが張られていて、其のどれもがくぐもった遠い処から聞こえるただの音にしか聞こえなかった。

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夜と朝のまにまに 65話



突然開かれた控室の扉。

其処にいたのは高岡さんだった。 

「あ…た、高岡さん」

思わず言葉に詰まってしまった。

黒いスーツ姿の高岡さんが無言で、しかもノックもしないで突然入って来た事に戸惑い、そして本能的に(いつもと違う)という警告音に似た警鐘が頭に響いていた。

「…朝恵ちゃん、綺麗だね」
「あ……あ、りがとう…ございます」

静かに一歩、また一歩と私に近づいて来る高岡さんは無表情のまま感情のこもっていない賛辞を吐き出す。

(何…?どうしちゃったの、高岡さん)

いつものあの清々しい柔らかな雰囲気が今の高岡さんにはなかった。

其れが肌にビシビシと伝わって来て私は覚束ない足取りで後退る。

「…君は本当に   なのかい?」
「え」

高岡さんの言葉で訊き取れない処があった。

「本当に君は   なのだろうか」
「…」

(何?何を云っているのか…)

只ならぬ高岡さんの様子にこのままふたりでいてはいけないと思い、隙を見て控室から出ようと思った。

(今だ!)

私は隙をついて高岡さんの横を通り抜けて部屋から出ようとした。

だけど

「!」

一瞬の内に高岡さんの手が私の腕を掴み其のまま私の体を抱き寄せた。

「っ、た、高岡、さん」
「…」
「一体…どうしたんですかっ」
「…」

高岡さんの拘束から必死に逃げ出そうともがくけれど、其の圧倒的な力強さの前では私の必死の抵抗は相殺されてしまう。

やがて私の体は高岡さんによって持ち上げられ、備え付けのソファに仰向けに落とされた。

「なっ!」

間髪入れず其のまま私の上に跨る高岡さんの顔が間近に迫った。

「…本当に……君、なのかい?」
「…」
「そんなの…ないよ、こんな運命の悪戯が…あっていいものか」
「…」

(高岡さん…誰かと間違えている?)

何故か高岡さんが私ではない誰かを私を通して見ている様な気がした。

「た、高岡さん、落ち着いてください…私は…朝恵です」
「…」
「今瀬朝恵…夜宵さんの…あなたの息子さんの花嫁です」
「……夜宵、の」
「そう、そうです」
「…息子の……夜宵…の…母」
「──え」
「さ…より…」

(さより…?其れって…)

紗夜里さんは夜宵さんのお母さんの名前。


そして高岡さんが愛した──



段々虚ろになって行く高岡さんの視線に身動きが出来なくなる。

其れはいつかの…

私が夜宵さんの彼女として相応しいかどうかを確かめられたあの時と同じ様な体の強張りだった。

(高岡さん、私を紗夜里さんと間違えているの?!)

何故そんな事になったのか全然解らなかったけれど、この状況を何とか打破しなければいけないと必死になってもがいた。

何とかして高岡さんの下から逃れようと精一杯力を込めるけれど全くビクともしない。

其れ処か高岡さんは私の広く開いているデコルテに唇を寄せた。

「ひっ!」

一瞬にして悪寒が走り、酷い嫌悪感が私を襲った。

「はぁ…やっぱり君、なんだね」
「い…やぁ…」

高岡さんの唇が何度も私の胸元を行き来した。

(いや…厭厭厭厭っ!)

其の余りにも悍(オゾ)ましい所業に気が狂いそうになった。

だけど私の中のギリギリの処で理性がこびり付いていた。

(高岡さん…絶対正気じゃない)

今、私を襲っているこの高岡さんは本当の高岡さんじゃないのだ──そう思い必死に説得を試みる。

「たか…岡さんっ…戻って、いつもの…高岡さん、に」
「…紗夜里」
「私は…紗夜里さんじゃ……ないっ」
「…」
「私は…私は…とも、えっ」
「…」
「私は…夜宵さんの───」


其の瞬間


「う゛っ!」

突然私の中から何かが込み上げ、其れを押し留める事が出来ずに其のまま放出してしまった。

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夜と朝のまにまに 64話



「──今…なんて」
「あら、知らなかったの?ごめんなさい、余計な事を云ってしまったわ」
「…ちょ、ちょっと待って…其れは本当の事、なんですか」
「本当よ。まぁ、わたしも少し前までは確信が持てなかったけれどね。知り合いの転生者と話す機会があってね」
「…」
「もっとも彼方はわたしの配下にいる者が其の関係者だって事を知らずに教えてくれたのだけれど」
「…」
「どうする?このままふたりを心穏やかに祝福する事が出来るかしら?」
「…」
「あなたがこのネタを使ってどうしたっていいのよ?どうしたってわたしにとっては面白い事にしかならないのだから」
「…」
「さぁ…本能の赴くまま行動してわたしを愉しませて頂戴」



──あぁ、本当にあなたは正真正銘悪魔の女王様だ









「朝恵ー行くわよー」
「はぁい」


結婚式当日の12月24日。

私は前日から実家に身を寄せ、独身最後の夜を家族と共に過ごした。

其れは夜宵さんの計らいで「思う存分親孝行しておいで」という言葉に甘えさせてもらった事での帰省だった。


正午から始まる式に備え、私は家族と共に開始時刻三時間前に家を出た。

「お父さんの運転で家族揃って出かけるのなんて何年振りかしらね」
「そうだな。朝恵が高校生の頃までは割と出かけていたけどな」
「十輝が中学生になってからよ。親と出かけるのなんて恥ずかしいって云って」
「だって普通に恥ずかしいだろう!中学生にもなって親と出かけるなんて」
「思えばあれが反抗期の始まりだったのよね」
「誰もが通る道。なければ困る道だぞ」
「あははっ、なんだかお父さん学校の先生みたい」
「おっ、そうか?」

家族揃って郊外にある式場までの軽いドライブ。

其れが私の緊張した心を少し和らげてくれた。

(ふう…よかった。少し気分が良くなって来た)

実は数日前から緊張のあまり気分が優れない日が続いていた。

家族と別れ、夜宵さんと新しい家族を作る。

少し前なら其の日が待ち遠しくて、早く其の日が来ないかなと胸を焦がしていたのだけれど、どうしてかいよいよ其の日が近づいて来たと思ったら急に何ともいえない焦燥感に駆られてしまったのだ。

(みんなはマリッジブルーだって云っていたけれど)

不思議だった。

ずっと一緒にいたいと思っていた人と一緒にいられる環境に身を置く事になるのに不安になるだなんて…

(結婚したって家族は家族。其れに変わりはない)

私は今瀬の籍から抜けて暮永の籍に入る。

届け出ひとつで私の周りが変わる事に対しても思う処はある。

(そうか…名前、変わるんだなぁ)


家族との愉しい会話で気分が浮上したり沈んだり…

やっぱり少しだけ今日の私はナーバスになっているのかも知れないと思ったのだった。



父の運転で無事結婚式を挙げる森が丘ガーデンに着いた。

建物の中に入ると夜宵さんはまだ来ていない様だった。

(夜宵さん、ちゃんと起きて来られるかしら)

『今まで無遅刻無欠勤だぞ』と自慢していた夜宵さんの言葉が思い出される。


「では新婦様のお支度をしますので此方へどうぞ」
「はい──じゃあね、お父さんお母さん、十輝」
「うん、綺麗にしてもらって来なさい」
「また後でね」
「…ちゃんと前見て歩け。転ぶぞ」

式場スタッフさんに案内されて移動する前に家族に軽く挨拶した。

みんな其れなりにいつも通りでホッとした。


新婦控室なる部屋でウェディングドレスを着せてもらい、メイクとヘアセットをしてもらい鏡の中に映る自分を見つめる。

其処にはまるで一端の花嫁さんになっている私がいた。

「とてもお綺麗です」
「ありがとうございます…」

スタッフさんの言葉に照れながらも素直に嬉しいと思った。


(夜宵さん、もう着いたかな)

壁に掛けてある時計をチラッと見た。

するとそんな私に何かを察したスタッフさんが気を利かせて「新郎様がいらっしゃったか確認して来ますね」と云って部屋を出て行った。

(気を使わせてしまったかな)

何となく申し訳ない気持ちになりながらも、鏡を見ながらおかしな処はないかとあちこち点検していた。


カチャ

控室の扉が開く音がしてスタッフさんが戻って来たのかと思い振り返ると其処には

「え…」

スタッフさんでも夜宵さんでもない人が佇んでいた。

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夜と朝のまにまに 63話



思いがけない処で思いがけない人に会って茫然としていた私と夜宵さんだったけれど…

「…なんだか十輝、変じゃありませんでした?」
「変、だな」

 そう、なんだか十輝がおかしかった。

いつもならもっと私に過激なスキンシップを仕掛けて来たり、夜宵さんに対してあからさまな挑発的態度を取るだろうと思っていたのに…

「なんだか普通に弟していましたね。まぁ、相変わらず名前は呼び捨てだけど」
「…」
「あぁ、彼女の前だから流石に自重したのかしら」
「其れだけじゃない」
「え」
「変なのはあの彼女って子もそうだ」
「…どういう事ですか?」

夜宵さんの表情が少し強張っているのが解った。

「なんであの子、俺の名前が夜宵だって知っていたんだ」
「…え」

そう云われて少し記憶を辿ってみる。

「俺、苗字しか云っていない」
「…確かにそう、でしたね。あ、でも十輝が話していたのかも」
「話すと思うか?嫌っている俺の事をわざわざフルネームで」
「…十輝が三月って云ったイメージから推測して」
「出てくるか?咄嗟に、何の疑問もなく」
「…」

(確かにおかしな点がいくつもあるけれど…)

「其れにあの子からほんの微かだけど…同族の匂いがした」
「えっ!同族…?!」

(其れって…其れってもしかして彼女が夜宵さんと同じ…)

「あーでも…十輝からもよく解らない匂いが微かにしたし…気のせいかな」
「…よく解らないって」
「姉弟だからかな、朝恵とよく似た匂いなんだけど…なんか…あぁ、よく解らなくなって来た」
「…」

(夜宵さんって色々大変そう)

夜宵さんが普通の人間とは違う能力をどれ程持っているのか私には解らないけれど、ちょっとした事でも気にして悩んでしまうのは大変だなと思った。

「なんか怪しいんだけどな…あの子。思考も安易に読めなかったし」
「…まぁ、いいじゃないですか」
「え」

私は夜宵さんの腕に自分の腕を絡めてギュッとすり寄った。

「もし仮に彼女が普通の人間じゃなくて夜宵さんと同じ様なハーフだったとしても…十輝がそんな彼女の事を好きなんだっていうだけで私、いいと思います」
「…」
「だって人間じゃなくても悪魔でも天使でも…優しい人は優しいし、いい人はいい人なんですから」
「…」
「私は素直に彼女──まはねちゃん、いい子だと思いました。其れでいいじゃないですか?」
「…本当凄いな、朝恵は」
「え?」
「俺はあんたの言葉に何度も救われている」
「そう、ですか?」
「あぁ。恋人でありながら何故か…母親に諭されている様な感銘を受ける時が多々ある」
「母親…其れって誉め言葉?」
「俺にとってはな──実の母親の記憶がないからな。何故か朝恵を見ていると見た事もない母親のイメージが湧いて来て可笑しいなと思うんだ」
「…夜宵さん」

夜宵さんの言葉を訊く度に心の奥底がジクジク痛む。

実の母親の愛情とか温もりを知らないこの人に私の持てる愛情を全て注ぎたいと思わずにはいられない。

絡めていた腕を一層力強く締めた。

「朝恵?」
「うんと甘えてください。実のお母さんには敵わないかも知れませんけれど…私は私なりの全ての愛情を夜宵さんにあげますから」
「…」
「ね?」

上目遣いで夜宵さんを見れば、ほんのり頬を赤らめた夜宵さんが何ともいえない表情をしていた。

「はぁ…俺は一生朝恵には敵わない」

そう云ってとても穏やかな笑みを私にくれたのだった。


そんな幸せで穏やかな日々の中、私たちは益々愛情を深めながら来る其の日を待ち遠しく思っていたのだった。






──そして迎えた12月24日


其の日は寒さが一際強かったけれど朝から晴天に恵まれた良き日となった。

私と夜宵さんにとって思い出深い一日になるだろうと思っていた。


そう、思っていたのだ──なんの疑いもなく…



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夜と朝のまにまに 62話



其の日、私は夜宵さんと共に新しく出来た商業施設にやって来ていた。

「わぁ~夜宵さん、映画館や温泉施設もあるんですって」
「へぇ、此処だけで一日過ごせるな」

店内入口にある多彩な案内掲示板を観ているだけでワクワクした。

(というかこういうお出かけ、初めてかも知れない)

夜宵さんと付き合い始めてからデートらしいデートをした事がなかった。

近所のスーパーや商店街で買い物したりする以外これといったお出かけをした事がなかったのを特に不満に思っていた訳じゃないけれど、夜宵さんと何処かに行きたいなとは常々思っていた。

つい先日、高岡さんから新しく出来たこの施設の事を訊いた時(行きたいなぁ)と思っていたのを夜宵さんが察知したらしく、いきなり「行くか?」と誘われた時は驚きつつも嬉しかった。

夜宵さんは積極的に何処かに出かけるという事を好まなかった。

最初其れはなんでだろうと思っていたけれど…

「ちょ…見てあの人!滅茶苦茶イケメン!」
「嘘っ、カッコいい!モデル?芸能人?!」
「あ~でもなんか彼女、いるっぽい。隣の女、そうじゃない?」

(…ははっ、こういう事ね)

ただでさえ其の美形振りで会社内で騒がれている夜宵さん。

当然外に出れば出る程に騒がれるのだろう。

そういった喧騒が厭な夜宵さんは敢えて外に出ようとは思わないのだろうと理解してからは私から特に外出を強請ったりはしなかった。

「朝恵、何ボーッとしている」
「あ…あの、ごめんなさい」
「は?何が」
「なんだか…人が多くて…夜宵さん厭なんじゃないかな…と」
「…何云っているんだか」
「あ」

申し訳ない気持ちで少し項垂れると夜宵さんは私の手をギュッと握って見つめた。

「ひとりの時は厭だったよ、こういう人の多い処に出かけるの。でも朝恵と一緒になってからはそんなに厭じゃない」
「…」
「鬱陶しいとは思うけど、でもそんな気持ちよりも朝恵と色んな処に行きたい気持ちの方が勝っている」
「夜宵さん…」
「だから朝恵はもっと俺に強請っていいんだぞ」
「…はい」

夜宵さんは本当に変わったと思う。

出逢った時の冷たい感じは全然消えて無くなってしまっていて、寧ろベタベタに甘やかされていつも温かくて優しい気持ちを私に与えてくれる。

(あぁ…なんて幸せ者なの、私ってば)

「──其れは俺の台詞」
「!」
「朝恵が俺の傍にいてくれるから俺は朝恵に優しくしたいと思うし甘やかしたいと思っている」
「…」
「俺の方こそが幸せ者だ」
「…もう」

思っている事を簡単に悟られてしまう。

でも決して厭な気持ちじゃなくて心がポカポカして来る。

「さて、何処から行く?何か欲しい物があるって云っていなかったか?」
「えぇ、これからの季節に合ったカーテンが欲しいなって」
「カーテン?今のじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないですけどもう少し厚手のものにしましょう」
「そういうの気にした事がなかった」
「ひとり暮らしじゃそうかも知れませんね」
「朝恵の好きな物にするといい。インテリア関係は朝恵に任せる」
「いいんですか?夜宵さんの部屋ですよ?」
「じきに朝恵の家にもなる」
「…」

何でもない会話のひとつひとつが私を幸せにしてくれる。

結婚後、私は夜宵さんのマンションに一緒に住む事になっている。

そしていずれは夜宵さんが自分で設計した家に家族で住む事が私たち共通の夢だった。

夜宵さんがいて、私がいて、そして何人になるか解らない私たちの子どもと一緒に…

そう遠くない未来に想いを馳せながら夜宵さんと共に広い店内を歩いていると

「朝恵?!」

「え」

訊き慣れた声にドキッとして其方に視線を移す。

「やっぱり朝恵だ」
「…十輝?」

人混みの中、一際大きな背丈の人物が弟だと気が付いたと同時に、其の傍にいたもうひとりの存在に私の目は丸くなった。

「なんだよ、こんな処で会うなんて奇遇だな」
「何云ってるの、此処は私たちの行動範囲内よ。十輝こそ何よ、こんな遠くまで来て」

この施設は私たちが住んでいる地域にあるもので、実家から来るには遠い処だった。

だからこんな処で弟に会うなんて随分驚いたのだった。

「おれは其の…」

そう云いながら少しだけ視線が隣にいた人に注がれた。

「初めまして、今瀬くんと同じ高校に通っている黒幸真羽と云います」
「くろさき、まはね…ちゃん」
「はい。あの、今瀬くんのお姉さんですよね?」
「そ、そうです」

(おぉ…なんだかグイグイいらっしゃるなぁ)

今時の女子高生といった風情の彼女の元気の良さに少しだけ気後れした。

「今日はわたしが此処に来たいって今瀬くんを誘って来ました」
「あ、もしかして十輝の彼女?」
「! ば、ち、違う!ただの同級生!」
「えぇーそうなの?わたしはてっきり彼女だって思っているのに」
「~~~っ」

(へぇ…あの十輝が押されている)

なんだかとても珍しいものを見た気になって面白かった。

「あのぉ…お姉さん、其方にいる滅茶苦茶カッコいい彼氏さんはもしかして…」
「あ、あの…私の…こ、婚約者、です」

こんな風に紹介するのが慣れていなくて少し…いや、大分どもってしまった。

「婚約者!なんて素敵な響き~~♪」

リアクションがいちいち若いなぁと思っている私の横にさりげなく寄って来た夜宵さんが、彼女に満面の笑みで挨拶した。

「どうも初めまして、十輝くんの彼女さん。朝恵の婚約者の暮永と云います」
「だ!だから彼女じゃねぇって云ってんだろうが、この三月!」
「…三月?」

夜宵さんに突っかかる十輝が可笑しな事を云う。

「やだぁ、今瀬くん、其れってもしかして婚約者さんの名前が『やよい』だから其れに引っ掛けて『さんがつ』なんて呼んでいるの?」
「煩い!どうだっていいだろう。おら、とっとと行くぞ」

真っ赤になった十輝はサッサと其の場から立ち去った。

「あ、待ってよ!──では失礼します、お姉さん、婚約者さん」

十輝の後姿を追って彼女は慌てて去って行った。

其の光景を私と夜宵さんは何となく茫然と見つめていたのだった。

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