何故急にけんちゃんが私を解放したのかよく解らない。


『あぁ、もういい。おまえはとっととあの男の元に行って精々この世の春を謳歌するんだな』


(あれってどういう意味よ!)


『仕方がないから此処では俺はおまえにとって頼りがいのある幼馴染みというポジションに甘んじてやる。だけど次は──容赦しないからな』


けんちゃんの家から出る間際に云われたあの言葉の意味もよく解らない。

(結局この騒ぎは何だったのよ!)

あれほど私に執着していたけんちゃんはやけにあっさりと私を諦めた。

そして外の世界から隔絶されていた私は、あっという間に元の状態に帰されていた。

(けんちゃんて…本当に悪魔、なんだなぁ)

普段はあまりそう感じないけれど、やっぱり端々で其れと思い知らされる事があった。




私は約一週間ぶりに我が家に帰って来た。

ダイニングテーブルには

【急な出張で帰りは明日の夜以降になります。昨日羽衣が作ってくれた煮物はお弁当のおかずに持って行きます。ごめんね】

と書かれていた父からのメモが残されていた。

其れはごく普通の日常が続いていた事を示唆する内容だった。

(私がいない間、けんちゃんが何事もない様にしてくれたんだ)

そんな事を思ったらホッと気持ちが緩んで、ソファに倒れ込む様に沈んだ。

「はぁ…やっぱり我が家が一番いいよ」

しばらく離れていた住み慣れた家の匂いを堪能していると『ピンポーン』とインターホンが鳴った。

「…誰」

私の動作は鈍く、のそのそとしている間にも二度三度とインターホンが鳴った。

「はい」

『羽衣?!羽衣なのか!』

「──え」

インターホン越しに聞こえた声に、今まで薄れていた気持ちが一気に溢れ出して来た。

私は返答する代わりに急いで玄関ドアを開けた。

「り、利久…くん」
「羽衣!」
「っ」

私の顔を見た瞬間、利久くんは勢いよく私に抱き付いた。

其の弾みで私たちは玄関先に縺れ込む様に倒れた。

「痛っ」
「あっ、ごめん!何処か痛くした?!」
「ううん…だ、大丈夫」
「…」
「…」

2、3回会話を交わした後、急に言葉がなくなってジッと見つめる事数秒。

「羽衣」
「んっ」

利久くんの熱い唇が私のものと重なった。

「よかった…戻って来てくれて…本当によかった」
「…利久くん」
「心配したんだ。だけどどうする事も出来なくて…ただ毎日羽衣が無事に戻って来てくれる事を願うだけしか出来なくて」
「…」

キスの合間に交わされる利久くんの言葉に涙が出そうになった。

「羽衣、羽衣」
「もう大丈夫だよ…もう、私は利久くんから離れないから」
「…羽衣」
「利久くん…」


そして私たちはあの日、途中で終わってしまっていた行為の続きを再開する流れに呑まれた。


kaben
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