「け…んちゃ、ん?」
「約束を忘れたか」
「…約、束?」

けんちゃんが少し私から体を放し、私を見下ろしたまま続けた。

「おまえは俺と契約した」
「…契約?」
「そうだ。この世の契約ではない。前の世の今際の際でおまえが俺を呼び出し、俺と契約を交わした」
「…」
「覚えていないか」
「…何を…云っているのか解らないよ」
「……」
「けんちゃん…が、何を云っているのか…」

私は急に変わってしまったけんちゃんの様子に驚き、戸惑い、そして訳の解らない焦燥感に襲われてまともな思考が出来なくなっていた。

「けんちゃん…」
「…」

今起きている事の理解が出来なくて、私はただ泣くしかなかった。

「──人間とは忘れる生き物、か」
「…え」
「そうか、そうだな。人間とは新たな肉体を得る際、前の記憶をリセットする事で新たな人生を歩み易くしているのだったな」
「…」
「ただ、魂の記憶だけは決してリセットする事は出来ない──なんとも不思議な生き物だ」
「…」

けんちゃんの其の言葉は、まるでけんちゃん自身が私と同じ種類の生き物ではない事を示すものだった。

「面白い。全てを知ったおまえのこれからの態度、行動、思考、其れ等全てに俺は興味がある」
「…けんちゃん、何を…云っているの」
「話してやろう。おまえが背負った苦難の契約を」
「…」
「今、奥山羽衣として生きているために支払った対価がどの様なものか──全て話して解った上で俺はおまえから報酬をいただこう」
「報酬?」

其の言葉に訳もなくゾクリとした。

私には何の覚えもない約束、契約。

──そして

(けんちゃんへの報酬?)

「其れは…私は知らなくっちゃいけない事、なの?」
「別に知らなくてもいいが、何も知らないままじゃおまえは黙って俺に抱かれてくれないんだろう?」
「! だ、だだだ抱かれって」
「なんだ、ストレートに云った方がいいか?セック──」
「止めて!わ、解ったから」
「ふっ、初心(ウブ)だな」
「~~~」

ほんの一瞬、私のよく知っているけんちゃんに戻った様な口調が聞けてホッと安心したのもつかの間、またすぐにけんちゃんはガラリと雰囲気を変えてしまった。

「いいか、羽衣。俺との契約は絶対だ」
「!」
「俺はおまえの願いを叶えた。だから其れに見合うだけの報酬をいただく」
「…」
「話の道理は解るな?」
「わ、解る…けど」
「反論は俺の話を聞いてからにしろ」
「!」

酷く冷たい言葉を投げ掛けられた。

闇雲に否定的な言葉を叩くな──そう暗に云われているようだ。

(どうして…どうして急にこんな事に…)

古城くんに告白をして、振られて、愚痴った相手がけんちゃんだった。

ただ其れだけのはずだったのに…

(なんでこんな事に)


意味が解らず頭は混乱しているこの状況だけれど、今、この瞬間けんちゃんから真実を聞かされるのには意味があったのだと、後々知って納得する私がいるのだった。

kaben
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