突然開かれた控室の扉。

其処にいたのは高岡さんだった。 

「あ…た、高岡さん」

思わず言葉に詰まってしまった。

黒いスーツ姿の高岡さんが無言で、しかもノックもしないで突然入って来た事に戸惑い、そして本能的に(いつもと違う)という警告音に似た警鐘が頭に響いていた。

「…朝恵ちゃん、綺麗だね」
「あ……あ、りがとう…ございます」

静かに一歩、また一歩と私に近づいて来る高岡さんは無表情のまま感情のこもっていない賛辞を吐き出す。

(何…?どうしちゃったの、高岡さん)

いつものあの清々しい柔らかな雰囲気が今の高岡さんにはなかった。

其れが肌にビシビシと伝わって来て私は覚束ない足取りで後退る。

「…君は本当に   なのかい?」
「え」

高岡さんの言葉で訊き取れない処があった。

「本当に君は   なのだろうか」
「…」

(何?何を云っているのか…)

只ならぬ高岡さんの様子にこのままふたりでいてはいけないと思い、隙を見て控室から出ようと思った。

(今だ!)

私は隙をついて高岡さんの横を通り抜けて部屋から出ようとした。

だけど

「!」

一瞬の内に高岡さんの手が私の腕を掴み其のまま私の体を抱き寄せた。

「っ、た、高岡、さん」
「…」
「一体…どうしたんですかっ」
「…」

高岡さんの拘束から必死に逃げ出そうともがくけれど、其の圧倒的な力強さの前では私の必死の抵抗は相殺されてしまう。

やがて私の体は高岡さんによって持ち上げられ、備え付けのソファに仰向けに落とされた。

「なっ!」

間髪入れず其のまま私の上に跨る高岡さんの顔が間近に迫った。

「…本当に……君、なのかい?」
「…」
「そんなの…ないよ、こんな運命の悪戯が…あっていいものか」
「…」

(高岡さん…誰かと間違えている?)

何故か高岡さんが私ではない誰かを私を通して見ている様な気がした。

「た、高岡さん、落ち着いてください…私は…朝恵です」
「…」
「今瀬朝恵…夜宵さんの…あなたの息子さんの花嫁です」
「……夜宵、の」
「そう、そうです」
「…息子の……夜宵…の…母」
「──え」
「さ…より…」

(さより…?其れって…)

紗夜里さんは夜宵さんのお母さんの名前。


そして高岡さんが愛した──



段々虚ろになって行く高岡さんの視線に身動きが出来なくなる。

其れはいつかの…

私が夜宵さんの彼女として相応しいかどうかを確かめられたあの時と同じ様な体の強張りだった。

(高岡さん、私を紗夜里さんと間違えているの?!)

何故そんな事になったのか全然解らなかったけれど、この状況を何とか打破しなければいけないと必死になってもがいた。

何とかして高岡さんの下から逃れようと精一杯力を込めるけれど全くビクともしない。

其れ処か高岡さんは私の広く開いているデコルテに唇を寄せた。

「ひっ!」

一瞬にして悪寒が走り、酷い嫌悪感が私を襲った。

「はぁ…やっぱり君、なんだね」
「い…やぁ…」

高岡さんの唇が何度も私の胸元を行き来した。

(いや…厭厭厭厭っ!)

其の余りにも悍(オゾ)ましい所業に気が狂いそうになった。

だけど私の中のギリギリの処で理性がこびり付いていた。

(高岡さん…絶対正気じゃない)

今、私を襲っているこの高岡さんは本当の高岡さんじゃないのだ──そう思い必死に説得を試みる。

「たか…岡さんっ…戻って、いつもの…高岡さん、に」
「…紗夜里」
「私は…紗夜里さんじゃ……ないっ」
「…」
「私は…私は…とも、えっ」
「…」
「私は…夜宵さんの───」


其の瞬間


「う゛っ!」

突然私の中から何かが込み上げ、其れを押し留める事が出来ずに其のまま放出してしまった。

bf9224df.png
◆ランキングサイトに参加しています。
其々クリックしていただけると更新の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村