「う゛っ!うぅっ」 

突然込み上げて来た吐き気を止める事が出来ずに、私は其のまま盛大に吐き戻してしまった。

羞恥の水音が辺り一帯に響き渡る。


「はぁはぁ…っ」
「…」

治まらない吐き気で唸っている私をしばらく茫然と眺めていた高岡さんがやがて

「! 朝恵ちゃん、大丈夫?!」
「っ」

先刻までの虚ろな瞳に光が宿り、感情のこもった声色で私に声を掛けた。

「気持ち悪いのかい?全部吐いてしまうといい」
「…っ、た…かおか…さん」

(戻った…いつもの高岡さんに…)

苦しさで潤んだ視界が捉えたのは必死な形相で私を心配しながら背中をさすってくれる高岡さんだった。

(よかった…高岡さん…)


そんなホッとした安堵感が急速に私の意識を遠ざけて行った──

















「……ん」

徐々に体が浮上する感覚に囚われ、瞼に感じる仄かな明かりを確かめる様に其れを開いた。

「朝恵!」
「……」

最初に目に入ったのは大好きな愛おしい人の酷く強張った顔だった。

「朝恵、大丈夫か?」
「…や、よい…さん」
「…朝恵…朝恵」

夜宵さんは何度も私の名前を呼びながら掌を強く握った。

「…此処は…」
「…病院」
「え」

(病院…?なんで、どうして…)

「! 式、結婚式は?!」

思わず起き上がり視界が天井と夜宵さん以外のものを映した。

「…え」

其処には夜宵さんの他に母と十輝、そして白衣を着た父が立っていた。

「え…みんな、どうして…ってお父さん、なんで白衣なんか…」
「…」

黙っている父や無表情の母と十輝。

其の雰囲気が何か悪い事が起きてしまったのだと察した。

「あの…私、どうして…」
「朝恵、おまえ、自分がどうして此処にいるのか解るか」
「え」

やっと口を開いた父が酷く落ち着いた声色で私に尋ねた。

(どうして此処にって…)

確か私は控室で式の支度をしていて、其処に高岡さんがやって来て…

「……」

(高岡さんと…其れから…もうひとり…?)

「朝恵に祝いの言葉を掛けようと控室を訪れた高岡と黒川さんが倒れていた朝恵を発見したんだ」
「…」

(高岡さんと…黒川さん、が?)


そう…だっけ…?


「全くもう、あなたって子は…!どうして気が付かなかったの」
「え」

無表情に私の顔を眺めていた母が徐々に怒っているとも笑っているとも取れる表情で私に駆け寄った。

「本当…だからあなたは昔から抜けているって云うの!自分の体の事なのに…どうしてちゃんとしないの」
「…」

母が何を云っているのか全然解らなくてただユサユサと抱き揺すられているままになっていた。

「お母さん、あまり揺すってはダメだよ。まだ不安要素はあるから」
「あっ、ご、ごめんなさい!わたしったらつい…」

父に窘められた母が私から離れて行く。

「…あの、先刻から一体何を」
「子どもがいる」
「───え」

夜宵さんが私の手をずっと握っていた事に気が付いた。

と同時に夜宵さんから訊かされた言葉に私は一瞬周りの時が止まったかのように感じられた。

「朝恵のお腹に俺の子がいるんだ」
「……」
「妊娠二ヶ月目に入っている」
「……」
「もう、普通解るでしょう?!生理が止まって…おかしいなと思わなかったの?」
「……」


夜宵さんや父、母は次々と声を掛けてくれるけれど、私の耳には薄い膜みたいなのが張られていて、其のどれもがくぐもった遠い処から聞こえるただの音にしか聞こえなかった。

bf9224df.png
◆ランキングサイトに参加しています。
其々クリックしていただけると更新の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村