話は四年前に遡る──


祖父が亡くなり、其の葬儀のために母の実家である田舎に帰省した私は、祖父の家近くにある森の中で綺麗な池を見つけ其処でこの御池(オイケ)様と出逢った。

御池様は其の池の神様だった。

御池様のルーツは古く、此処等一帯の村で祭られていた雨を司る龍神様からの流れを汲んだものだという。

古来より祀られている龍神様と村人とを繋ぐ役目をしていたのが野宮という祀り事の一切を取りまとめる家の巫女だった。

龍神様を鎮めるための巫女を捧げる事で野宮家は繁栄を極め、村も日照りや豪雨に悩まされる事なく繁栄して行った。

そんな永きに渡る龍神様と代々の巫女たちの関係の中で、あるひとりの巫女が龍神様と恋仲になり其の御子を孕み産み落とした。

龍神様と巫女との間に産まれた子は半分が神様だったけれど完全な神様ではない──という事で龍神様を祀る社近くの池の主となり其処を住処として暮らし始めた。

其の池の神様の子孫が今私の目の前にいる御池様、という事だった。


「まぁ、神としての力は薄まって来ておるが、其れでも完全な人の子としては生きてはいないのだよ」
「…はぁ」

当時10歳だった私は語られる話を嘘とも本当とも思えず、ただただ話される内容をふんふんと訊くだけだった。

「其れで話を戻すが──おまえは池の水を呑んだのだな」
「!」

そう。

私は池の水を呑んだ事について尋問させられていた。

「吞んだな」
「……はい」
「其れで体はなんともないのか」
「え、体?……と、特には」
「──そうか」

御池様の問い掛けに素直に答えると何故か御池様はニッと微笑んだ。

「そうかそうか。其れは善き事かな」
「?」
「おまえは野宮の家の者だと云ったな」
「…はい」
「だから、なのだな。普通の人間が池の水を呑んだら蛇に化身していた処だ」
「えっ!!」

(嘘っ!な、何其の怖い設定)

酷く驚いた私を御池様は大して気に掛ける事もなく淡々と話を続けた。

「先ほど話したように俺と野宮の間には特別な繋がりがある。其れは子どものおまえにも解るだろう?」
「あ…えっと…野宮の家の巫女様と龍神様が結婚して──」
「結婚はしておらんかったがな。単に子どもを孕んだだけだ」
「はらんだ?」

御池様の言葉に解らない言葉があって首を傾げると「まぁ其れはおいといて」と咳払いをひとつして話は続けられた。

「つまりは俺の血は野宮の血も混じっている。故に子を成すには野宮の血を持つ女子の器が必要だという事だ」
「おなご?うつわ?」
「子どものおまえには難しいだろうが覚えておくがいい。おまえが呑んだこの池の水は俺其のものだ」
「え」
「長年この池に住まい、気や霊力、ありとあらゆる体液を含んだ池の水はいわば俺其のもの。其の特別な池の水はただの人間には毒にしかならぬ。だが野宮の血筋の女子は水を含んだ体が成熟した暁には俺の子を孕む事が出来る」
「はらむ?」

また解らない言葉が出て首を傾げる。

「今はまだ其の時期ではないから其れはおまえの胎内で静かに眠っている。だが体が成長し熟する度に其れは目を覚まし産まれるための準備を始める」
「…」
「長い年月をかけ俺の子を孕める状態になった時、おまえは俺の全てを其の身に受け入れる事になるのだ」
「…」

其れはまるで遠いお伽話の様な絵空事だった。

(私…神様の子を産む、の?)

嘘みたいな話だった。

そんな物語みたいな事があるのかという不思議な気持ちになった。

だけど

「!」
「おまえ、名を何という」

頭に御池様の掌が当てられ優しく撫でられた。

「…瑞生」
「ミズキか。善い名だ──俺の名は   」
「え?何」
「聞こえぬか。そうか、其れはそうだな」
「…」
「神の名は其れを心より愛し敬愛する者にしか聞こえぬ。何故なら神は真名(マナ)を知られると其の者に縛られ逆らえなくなるゆえ」
「?…えっと」
「解らなくていい。今はまだ──子どものおまえはまだ何も」
「あ」

御池様の掌がそっと私の頬に触れた。

「いいか、ミズキ。成熟するまで精々人としての生を謳歌するといい。俺に囚われたらもう──おまえの全ては俺のものになるのだから」
「…」


其の御池様の言葉は10歳の私にはチンプンカンプンだった。

だけど意味は解らなくても何故かひと言ひと言が鮮明に私の頭の中に刻み込まれていたのだった。


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